こんにちは、今回は世界最高レベルに達する高馬力で重武装の「チャンスヴォート F4U コルセア」について紹介します。

アメリカは、海兵隊が戦争で運用するための戦闘攻撃機を数多く開発してきました。運用能力に特徴のある戦闘機や、空対空での戦闘をメインにした戦闘機など、戦闘態勢によって対応できる機体を製造しています。

チャンスヴォート F4U コルセアの概要

チャンスヴォート F4U コルセアは、アメリカの「チャンス・ヴォート」が開発した戦闘機です。この戦闘機は、第二次世界大戦と朝鮮戦争でアメリカ海軍や海兵隊によって使用されたレシプロ単発単座戦闘機です。愛称となっている「コルセア」は、海賊という意味を表しています。初飛行は、1940年で正式に運用し始めたのは1942年です。

特徴

F4Uコルセアの最大の特徴は、大きく折れ曲がっていて前から見るとM字型になった主翼です。この逆ガル翼は、大型のプロペラを取り付けるためや、爆弾設置の作業性を向上させるために地面から胴体を離し、脚を短く設計できるといった理由で採用されました。海軍で最も大きなプロペラをつけたため、主流の戦闘機より倍以上もある2000馬力級のエンジンを搭載することができましたが、海軍一重たい戦闘機になったと言われています。

性能

性能については、初飛行で時速650㎞を記録し良好ではありましたが、量産型として機体が完成した戦闘機の性能は、失速挙動の危険性があり前方の視界が見えにくく、プロペラブレードが長いといった特徴があります。着陸時にプロペラが地上にぶつかり破損する可能性もあります。しかし、強度においては機体の重量を耐えられる頑丈な作りになっているため、自重による主脚損壊の発生事例はほとんど確認されていません。

歴史

航空母艦への着陸が難しいと判断された F4Uコルセアは、海兵隊に引き渡された後、陸上機として運用されました。主に太平洋戦争の時に投入されたが、1943年に陸軍航空隊との合同体制によりブーゲンビル島を攻撃しました。日本海軍「零戦」と初交戦した際、日本側は1機の自爆に対しアメリカ側は10機の撃墜という大損害に終わっています。

後期型に生産された戦闘機は、着陸が容易になり爆装も馬力を利用することで戦闘爆撃機として硫黄島や沖縄などを攻撃しました。大戦後は、ジェットエンジン化した戦闘機が進んだことで、純粋な戦闘機ではなく戦闘爆撃機として運用されるようになりました。

F4Uコルセアは、零戦との交戦により「セントバレンタインデーの虐殺」と呼ばれ敗北を喫しました。艦上戦闘機としての功績は残せなかったものの、レシプロ戦闘機同士の戦闘では最大に活躍し幕を閉じたと言われています。