こんにちは、浦壁伸周です。「紫電改」を解説します。

日本にもいくつか戦闘機がありますが、その中の1つが紫電改です。大戦期後期に開発・生産され、攻撃力と防御力に優れた最新鋭の戦闘機で、最後の傑作とも言われています。紫電改はいったいどんな戦闘機なのか、特徴や性能、戦歴などについてご紹介しましょう。

紫電改の概要

正式名称は「紫電二一型」であり、第二次世界大戦中に活躍した日本海軍の戦闘機です。原型は水上戦闘用の強風を陸上戦闘用に紫電として改造し、その紫電を改良した二一型以降のものを「紫電改」と呼んでいます。日本海軍が零戦の後続機や決選の切り札として投入しており、性能の高さは日本国外からも高く評価され、最後の傑作戦闘機として世界的にも有名です。約400機のうち現存しているのはたった4機で、日本は愛媛県に1機、残り3機はアメリカの博物館で展示されています。

特徴

全体は濃い緑のボディカラーとなっており、翼と胴体部分に赤い日の丸が描かれたデザインです。紫電は主翼が中翼配置で主脚も長い特徴がありますが、紫電改は低翼配置により下方視界の悪さが改善され、主脚も従来の長さにすることで耐久性が改善され、胴体もよりスマートなものへと変わりました。さらに、強風で使用していた自動空戦フラッグなどの装置を改修して導入したことで、練度が未熟なパイロットも操作が簡便になったのです。

性能

紫電と比較すると最高速度は紫電が583km/h、高度5,900mですが、紫電改は644km/h、高度6,000mと速度が飛躍的に早くなっています。試作段階でも全力操縦で時速630kmを記録しており、エンジンが快調な時はアメリカのF4Uに対抗できとされている速度です。

武装の提行弾数は紫電が合計560発に対して、紫電改は翼内に20mmの機銃を4挺導入して武装を強化したところ、提行弾数は合計900発になりました。アメリカが紫電改と米軍機の空戦演習を行った際、そこで紫電改は圧勝し、スペックの高さがうかがえます。

歴史

初陣となったのは1944年12月10日、F13を迎撃するために出動しました。翌年の2月17日に米軍艦載機が関東エリアに攻め込み、その際に零戦や雷電、紫電と共に出撃し、零戦と紫電は一部撃墜されたものの、紫電改は全て生還し、8機撃墜させる成果を残したのです。

1945年3月19日に343空が初陣で紫電と共に計63機で出撃し、160機の米軍機に対して日本は15機の喪失が出ましたが、米軍機を14機程撃墜させ、大勢相手でも劣らない戦闘力を見せつけました。

漫画、ゲームなどのメディアへの登場作品

いくつかメディアの作中に紫電改が登場しており、漫画では紫電改のパイロットやその周りの人物の苦痛や苦悩が描かれた「紫電改のタカ」や、大戦期に活躍した軍人が異世界で活躍するアクションファンタジーの「ドリフターズ」などに登場しています。

また、ゲームでは操縦機として紫電改を操作できる「War Thunder」、日本の戦艦や戦闘機を女の子に擬人化させた「艦隊これくしょん-艦これ-」の装備として用いられています。

高スペックな紫電改は零戦を上回るスペックを秘めており、米軍機のパイロットに恐怖や衝撃を与えたと言われています。もともと生産数が少なく日本で現存機を見られる場所は限られていますが、貴重なので見学する価値がある戦闘機でしょう。