こんにちは、浦壁伸周です。今回は、零式艦上戦闘機(通称:ゼロ戦)をご紹介します。

概要

第2次世界大戦期には、陸・海・空それぞれにおいて戦闘部隊の一線で活躍していた車体、船体、機体があります。ここでご紹介しますゼロ戦(零式艦上戦闘機)は、海軍においてとてつもない活躍をした艦上戦闘機です。略称をゼロ戦(零戦)と言います。日本部隊のゼロ戦等の活躍は、米軍映像では撃墜されているようすがほとんどで、その特徴や性能についてはあまり知られていないことも多いのです。

特徴

ゼロ戦は、敵のパイロットから「ゼロファイター」や「ゼロぜロ」と呼ばれていました。太平洋戦争前(日中戦争)ごろから活躍したゼロ戦は、航行距離が2,200kmという当時としてはかなり長い距離を飛行することができたのです。また、ゼロ戦の大きな特徴としては、20mm機関砲2門の重武装といえます。

これは、当時のアメリカ戦闘機に比べても優勢だったのです。アメリカ軍は、この劣勢をはねのけようと戦争中期ごろから対ゼロ戦法を確立しました。それによってゼロ戦がやや劣勢になるものの、その後に続く新鋭戦闘機もできず終戦まで海軍戦闘機として活躍しました。終戦間際には、特攻機としても使われたという記録も残っています。

性能

特徴でも述べましたが、「航行距離2,200kmを誇るゼロ戦」という性能を持っています。これは海軍からの要請で作られたと言われ、防御や耐久性を犠牲にしてまで軽量化を実現したことによる成果なのです。さらには、軽量化を第一に考えて敵を一撃できる強力な重武装も搭載できるようにしました。このように、軽量化を主として作られたゼロ戦は、水平方向の性能はかなり優れていたと言えます。

 

歴史(代表的な戦歴)

ゼロ戦誕生

日中戦争時、それまで飛行距離不足で苦しんでいた海軍が護衛機として配備されたゼロ戦が大きな活躍を見せます。1940年の中国大陸の空中戦での勝利は「奇跡」とも言われましたが、(日本にそんな戦闘機が作れるはずはない)このことを軽視したアメリカ軍のゼロ戦対応を遅らせることになりました。これを機に日本の航空業界がその名を世界に大きく知らしめます。

平洋戦争

「ゼロショック」とも言われたゼロ戦の戦いは、パイロットの神業的な操縦技能でアメリカを主とした連合軍を震え上がらせました。この戦いにおいては、「ゼロ戦と低気圧に出会ったら命令に反して逃避してもよい」という通達があったほどです。しかし、ゼロ戦の活躍もその弱点の判明によってもろくも崩れてしまいます。急降下ができないゼロ戦のもろさが判明してからは、戦果をあげることができなくなってしまいました。

メディアへの登場作品

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紫電改のマキ・・・紫電改と出会ったマキがライバルたちと繰り広げる空戦のようすを楽しく描写されています。
零戦少年・・・零戦乗りとなった祖父から聞く戦争の現実を主人公がどう受け止めるかという零戦操縦士のエッセイ漫画